登った山と、地域の歴史や文化に目を向けると、違った楽しみがみえてくるものです。
この連載は、より深く山を楽しむための歴史を紹介し、関連するエリアの博物館や美術館などを紹介していきます。

典:http://musashimitakejinja.jp/

武蔵御岳山の歴史

東京周辺の人たちにとって、武蔵御岳山(むさし みたけさん)は、なじみ深い山として知られています。
と同時に、名刹・武蔵御岳神社を擁する、信仰の歴史を持つ山の魅力も持ちあわせています。

日本は古来より山岳を霊地として崇める山岳崇拝がありました。
その影響は神道、仏教に浸透し、平安時代中期以降になると、山岳宗教を主とする修験道という独自の宗教が生まれ、「御嶽」は霊地とされる山や森をさす言葉として用いられました。

山岳修行者は金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)という独自の崇拝対象を創出し、時代を経てそうした信仰は各地に広がっていきました。
武蔵御岳山も、古来より関東屈指の霊場として知られました。

武蔵御岳山のはじまり景行天皇の御代、景行天皇の太子である日本武尊命(やまとたけるのみこと)が東征の際に、山上に武具を蔵したため「武蔵」の国号がこれによってつけられたといわれ、天平8年(736)僧である行基が東国鎮護のため吉野金峯山(きんぶさん)より蔵王権現の分霊を安置したのが始まりと伝えられます。

鎌倉時代までさかのぼることのできる「武蔵國奥院御嶽縁起」(むさしのくにおくのいんみたけえんぎ)という史料も残されており、この頃には、すでに御嶽蔵王権現として修験の拠点となっていたようです。

御岳山が、観光名所として栄えるのは、江戸時代後期から。
当時の観光は、寺社への参拝を前提にしていたため、江戸からも程よい距離の御岳山には多くの庶民が詣でるようになりました

こうしたムーブメントは、明治政府の神仏分離政策により、明治7年(1873)御嶽権現から御岳神社へ名前を改めても、明治・大正を通して醸成されていきます。
昭和初期には、奥多摩の名が広く知られるようになり、昭和4年(1929)青梅電気鉄道が御嶽までつながり、昭和10年(1935)にはケーブルカー(現・御岳登山鉄道)が開業し、御岳山へのアクセスがさらに便利になって加速します。

御岳山は山岳信仰の息遣いを感じ、手軽な日帰り登山を楽しむことができるエリアであり、山岳信仰、観光、登山といった側面を持ち合わせ発展してきました。

御岳山の登山コース

東京の西、奥多摩地域に位置する御岳山。
交通の便にも恵まれ、御岳登山鉄道(ケーブルカー)の御岳山駅で降りた駅前の広場の御岳平からは、都心の高層ビルや東京タワー、空気の澄んだ季節には筑波山まで展望できます。

御岳山を起点に、奥多摩駅や武蔵五日市駅方面など様々なバリエーションのルートがあるので、2回、3回、季節ごとの登山が楽しめるのは、御岳山が人気の理由のひとつ!
もちろん武蔵御岳山(929m)から奥の院、大岳山といった山岳信仰の場をたどる定番コースもよいですが、今回は、御岳山から日の出山から二俣尾(ふたまたお)方面を目指します。

御岳平から御岳神社への道すがら、御師(おし)集落の宿坊をみながら、歩を進めます。御岳ビジターセンターを右手に過ぎ、天然記念物の神代欅を見て坂を上るとやがて鳥居が見えてきます。
長い階段を上ったところが武蔵御岳神社、御岳山の頂上です。

御嶽神社を参拝した後、御岳山から御師集落へといったん戻ります。
集落内の道標を確認し、日の出山頂(902m)へと向かいます。
標高902mといってあなどるなかれ、この日の出山、眺望がすばらしい!

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西には御岳山、東には関東平野が一望、空気が澄んで天気の良い日には湘南の海まで見えることもあります。

パノラマビューを満喫したら、日の出山頂から木の根張る杉並木の山道を下ります。
やがて電波塔を過ぎると、舗装路が通る梅ノ木峠で車道をまたぎ、三室山からアタゴ尾根を進みます。
厳粛な雰囲気に包まれた林間にたたずむ愛宕神社の奥の院。
さらに、山内新四国八十八ヶ所霊場の石仏は、山岳信仰を感じるこのコースのクライマックスです。
石仏から急斜面を下り、途中展望で休みつつ、吉野街道手前の愛宕神社本社へと出たらゴールは間近。

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階段を下って吉野街道に沿って進み、奥多摩橋をわたればJR二俣尾駅に到着!
朝にのぼりはじめれば、お昼前後にはゴールへ到着。登山の余韻を残しつつ残りの時間を楽しみましょう。

御岳山周辺の施設

御岳山に登った後に寄りたい、御岳のカルチャースポット5選!

武蔵御岳神社

出典:http://musashimitakejinja.jp/

標高929mの御岳山の山上に鎮座する武蔵御嶽神社。
古来より、蔵王権現を祀る霊山として人々の信仰を集めました。
現在、祭神として祀られているのは、櫛眞智命(くしまちみこと)、大己貴命(おおむなちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、廣國押武金日命(ひろくにおしたけかねひのみこと)、日本武尊命(やまとたけるのみこと)です。

武蔵御嶽神社は、狼の信仰でも知られています。
日本武尊命が東征の際、この地で狼に難を救われたことから、大口眞神(おおくちまがみ)として本社の最も奥に鎮座しています。
病魔除、火難盗難除といった諸災難の守護神として、その護符は、周辺の集落のみならず、関東各地に至る広範なエリアの家々の戸口に貼られました。
狼=大口眞神は「おいぬさま」と呼ばれ、子宝・安産・健康・長寿の神として今でも崇拝されており、神社でお札を求める人が絶えません。

[住  所]東京都青梅市御嶽山176
[電  話]0428-78-8500
[アクセス]中央道八王子ICから約50分、圏央道青梅ICから約40分
      *ケーブルカー下駅、滝本駅に併設駐車場あり
      JR青梅線御嶽駅下車、ケーブル下行きバス滝本下車、ケーブル御岳山駅下車、徒歩25分

御嶽神社宝物殿

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昭和51年(1976)に建てられた宝物殿には、多摩地区にある国宝4件のうち2件をはじめ、重要文化財4件、都指定有形文化財3件、青梅市指定有形文化財1件が所蔵されています。
鎌倉時代の武家、徳川家や武蔵国の支配者たちゆかりの奉納品が代表的な所蔵品となっています。
とくに、国宝「赤糸威鎧」(あかいとおどしのよろい)は平安時代末期の制作とされます。
山岳信仰は古来より武士からの信仰が篤く、鎌倉幕府の御家人である畠山重忠によって奉納されたと伝えられ、日本を代表する鎧のうちの一つとなっています。
そのほかにも、太刀・刀、具足、神仏分離の際に散逸を免れた仏教・修験道関係の資料や室町時代の蔵王権現の懸仏(かけぼとけ)といった中世・近世の貴重な文化財が展示されています。

[拝 観 日]土曜・日曜・祝祭日
[拝観時間]9時30分〜16時
[拝 観 料]大人500円、小人300円(税込み)
*団体割引あり。要問い合わせ
*その他、基本情報は武蔵御岳神社に同じ
*企画展開催の場合はホームページ等で告知

川合玉堂(かわいぎょくどう)美術館

日本画家、川合玉堂(1873~1957)が晩年、JR御嶽駅そばの多摩川沿いに構えた画室は、現在、美術館として開放されています。
多摩の渓谷と御岳の山々を望む場所に位置します。
玉堂は、京都画壇の大家、望月玉泉(もちづきぎょくせん)に入門した後、幸野楳嶺(こうのばいれい)に学びます。
東京美術学校(現・東京芸大)教授など様々なポストにもつき、美術界の中心をなす存在となります。
玉堂は、日本の山河を愛し、情緒に富んだ温かみのある風景画を多く描きました。
土地の生活に根差した、風景を主題に、山や川、風の流れや空気を、玉堂のまなざしで描き出しています。
なお、美術館の建築は、和風建築を近代的に表現した吉田五十八(よしだいそや)の設計となります。
玉堂の画室、庭も見逃せません。

[住  所] 東京都青梅市御岳1-75
[電  話] 0428-78-8335
[開館時間] 3月~11月(10時~17時、入館は16時30分まで)
12月~2月(10時~16時30分、入館は16時00まで)
[休 館 日] 月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始
[観 覧 料] 大人500(400)円、大学生・中学・高校生400(300)円、小学生200(150) 円(全て税込み)
*( )内は20名以上の団体料金
[アクセス] 中央自動車八王子I.Cから約1時間30分、圏央道青梅I.Cから約1時間15分。
JR青梅線御嶽駅から徒歩5分

愛宕神社

柚木(ゆぎ)愛宕神社は、JR二俣尾駅から15分ほどに位置します。
同社にほど近い、即清寺の開基にともない、陽成天皇の元慶年間(877~884)、その守護のために創建したといわれます。
以来、愛宕山(584m)の山頂に鎮座しました。昭和11年(1941)、現在の本殿・拝殿を造営し、社務所、神楽殿等の施設を完備して、これを里宮とし、従来の社殿は奥の院としました。

本殿に向かって左側に進むと山道があり、40分ほど進むと奥の院に着きます。
山道沿には、山内新四国八十八ケ所霊場の石仏群が立ち並びます。
石仏群は、明治維新の神仏分離まで神仏習合の際に愛宕神社を管理するために置かれた別当寺であった、真言宗豊山派の即清寺が幕末に設けた霊場です。
山内新四国八十八か所霊場は、江戸時代後期、天変地異や政情不安を憂いて、即清寺の融慧(ゆうけい)和尚が四国遍路巡礼を行い、持ち帰った各札所のお砂を寺の裏の愛宕山に納めたことに由来します。
そのため、当時は四国八十八箇所の“お砂踏み”の霊場として開かれました。
その後、弟子の融雅(ゆうが)和尚に引き継がれ、周囲の協力によって江戸時代末に愛宕山内新四国八十八箇所霊場として開創されました。
石仏群一回りすれば、四国遍路巡礼と同じ功徳を積むことができると言われ、霊場の大きさ、歴史の古さにおいて他に例を見ないといわれます。
ちなみに、霊場巡拝の証(御朱印色紙)となる御朱印がいただけます。

[住  所] 東京都青梅市柚木町1-944
[アクセス] JR二俣尾駅から徒歩約20分
     *奥院へは社殿から約50分

青梅市吉川英治(よしかわえいじ)記念館

吉川英治(1892~1962)は、『宮本武蔵』『三国志』といった歴史小説を執筆した文学作家。
『宮本武蔵』は、漫画『バカボンド』(井上雄彦作)の原作として知る人も多いはずです。
吉川英治は、生涯およそ30回も引っ越しました。
戦時中青梅の柚木(ゆぎ)に移り住み、昭和28年(1953)に品川区へ引っ越すまでの約9年間を過ごした場所になります。
吉川英治の没後、昭和52年(1977)から記念館として運営。令和2年(2020)4月に青梅市に寄付され再オープンしました。
記念館の敷地は5,000平方メートルあり、綺麗に整備された庭園をめぐる遊歩道は、四季折々の植物を楽しむことができます。
母屋(草思堂)と明治期に建てられた洋風建築の書斎、展示館を見ることができます。
展示館は、建築家谷口吉郎の設計によるもので、企画展示が開催され、貴重な直筆原稿や書簡、関連資料が展示されています(*企画展の内容開催期間については要確認)。

[住  所]東京都青梅市湯の帰朝-101-1
[電  話]0428-74-9477
[開館時間]10時~17時(入館は16時30分まで)
[休 館 日]月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)
      *その他、臨時休館日あり
[観 覧 料]大人500(400)円、小・中学生200(150)円(全て仕込み)
      *( )内は20名以上の団体料金
      *障がいのある方とその付添者1名(障がい者手帳をご提示ください)
*未就学児。
*土・日曜日・祝日に来館する青梅市内の小・中学生。
[アクセス] 中央自動車道・八王子I.Cより約55分
圏央道・青梅I.Cより約25分
圏央道・日の出I.Cより約25分
JR青梅線「二俣尾駅」より徒歩15分
JR青梅線「青梅駅」より都営バス「吉野」行きにて「柚木」バス停下車徒歩1分